かるメモ

軽いメモ。生活、文化、哲学…。書きとめておきたいことを書きとめたい。

目的にとらわれている人は不幸になる

現代は、目的を持つこと、成長することが
ありがたがられる

でも、どんだけ成功したって、結果を出したって

いつかはそんなの忘れられてしまう

なくなってしまう

目的と結果にとらわれていたら、不幸になる

目的以外のことは無駄に感じられてしまうのだから

思うような結果にならなければ全て失敗なのだから

過程を楽しまなくちゃ

「自分の気持ちを言語化しろ」なんて無理言うな。感情なんて言語化しなくていい。

感情というのはとても複雑。

 

なんかイライラしている時。

近しい人から

「不機嫌な顔されるとこっちが嫌なんだけど。なんか文句あるなら言葉にして言って」

とか言われても…

 

このモヤモヤを言葉にするなんて無理。

 

例えば、

「今のこのイライラは

仕事の疲れ36%、日頃の家事のストレス21%、嫌いな人の一言に対する怒り18%、天気が悪い10%、眠い8%、お腹が空いた7%

です」

なんてふうに言語化なんてできない。

 

感情というのは、いろんな要素が、

スペクトラムというかグラデーションというか

とにかく複雑に絡み合っている。

 

ごちゃごちゃなわかりにくい感情を

ごちゃごちゃなままに

そういうものとして

 

付き合っていくしかできない。

 

感情を言語化なんかしなくていい。

問題を解決しようとするな

何か問題があった時、

すぐに解決したくなるのは人の性だ。

 

たいていの問題は、感情に根ざしている。

感情は天気のようなものだ。

 

天気を変えようとは誰も思わない。

なんとか晴れを雨にしてやろうとか

 

雨を何とかやませようとか

無駄な努力もいいとこだ。

 

感情も同じだ。

感情というものは

先祖から受け継いだアルゴニズムによって、生存確率を上げるために、

怒りや不安などの感情を生み出し、

闘争や逃走などの行動を誘発するためにあるものだ。

 

そんな本能を押さえつけて、不安を消そうとか、怒ってはいけないとか、

自然の摂理に反することをしてもうまくいくわけがない。

 

感情なんで、放っておこう。

不安なら、「今は私は不安がってるなー」とか

怒ってるなら「わたし怒ってる怒ってる」とか

 

天気と一緒だ。

やり過ごせばいい。

雨宿りするとか、日陰に入るとかみたいに。

そしたら、いつかは、その天気も落ち着くだろう。

 

果報を寝て待とう。

 

「自信がないこと」に自信を持っています

私は自分に自信がない。

いつだって、同僚や友人と比べてしまう。

 

見た目、仕事の能力、思考力、学力、身体能力、経済力、服のセンス、芸術センス

などなど

 

上を見ればキリがない。

どの分野だって、生まれ持った才能と努力の時間で、私より上の人はいくらだっている。

私に与えられた手札では、最善を尽くしたって追いつけない人達はたくさんいる。

確率的には、どの分野だって、人口の半分は私以上のスペックがあるだろう。

 

狩猟採集時代においては、150人くらいの集落で暮らしていて、比べる人も対象は今ほど多くなかった。

こんなSNS時代で、たくさんの優れた人のいい部分だけを切り取った情報を見せられ続けて、

自分に自信を待てと言う方が無茶な話だろう。

 

だから

自分に自信がないなんて

普通だろう。当たり前だろう。

 

そりゃ自信なんて持てないさ、自分は大した人間ではないのだから。

 

だからどうした。

自分に自信がなくて何が悪い。

 

幼少期、学生時代、就職してからのどの時期だって、

自分に完璧に自信がもてた時期なんて一度だってなかった。

自分に自信がなかったからこそ、

成長しようと努力ができた。

劣等感は敵ではない。

勇気づけてくれる友達だ。

 

私は、

自分に自信がないことに

自信を持っている。

 

承認欲求は悪いもの?

承認欲求が強い人は嫌われる。

「あの人、承認欲求が強すぎだよねー」

みたいな会話がそこかしこでされる。

そんなだから、自分の承認欲求がバレないように、人の目を伺いながら、隠れるように生きる。

 

なんで、こんなに人の目を気にするようになっちゃったのか。

他人の目なんて気にしたって、自分の人生にプラスにならないことなんてわかってる。

 

承認欲求まるだしでもいいじゃない。

その欲求を利用して自分が成長できればいいじゃない。

 

承認欲求だって、食欲や睡眠欲と同じで、生存のために必要だからある欲望なんだから。

 

狩猟採集時代の先祖様の時代から、

集団の中で自分の役割を全うして、人を助けて、仲間から認められて、自分が困った時には助けてもらえるように進化したのだから。

 

眠たいのを我慢しないだろ。

食べたいのも我慢しないだろ。

 

承認欲求も我慢しない。

 

でも食欲のままに食べすぎると、体調悪くするのと同じように、

承認欲求も欲望のままに、過剰になりすぎてしまうと身を滅ぼすだろう。

 

何事もほどほどに、腹八分目くらいがちょうどいい。

中庸で、バランスよく。

 

 

おさえといた方がいい!経済的自立(FIRE)までの心構え

といいながら、まだまだ道半ばもいいところですが

私なりの書籍やweb上の情報収集から考えた、FIRE達成までに重要なことは以下の3点です。

①健康とモチベーションの持続

②金銭感覚の維持(物欲との付き合い方)

③自身のライフスタイル・ライフステージとの折り合い

 

順番に考えてみましょう

 

①健康とモチベーションの持続

→FIRE達成のためには、

「元金の確保」「最適な資産への継続的な投資」が重要です。

いずれも、数日、数ヶ月単位の話ではなく、何年、何十年の話になってきます。

今やっている節約や労働が、10年以上続けるのが難しいと感じるようなら、その行動はやめた方がいい。

健康でありさえすれば、年間数百万円の収入は望めますが、心身を病んでしまって働けなく慣れば収入は0円です。

普段の生活の笑顔を失わないよう、趣味や美味しいものへの支出はケチらずにつかいましょう。

 

②金銭感覚の維持(物欲との付き合い方)

→適度にお金が貯まってくると、金銭感覚が変わりやすいです。学生の時の一万円はとても大金でしたが、就職して収入が増えると、一万円をなんとも思わずポンと使ってしまうようになります。

資産形成のどのフェーズにおいても、自身の資産の増加に伴い、支出も増加してしまえば、余裕資金は少なくなります。

とはいえ、お金を作るのは幸福度を上げるためですから、自分の価値観に根差したエモい物への投資をしなくては何のためにお金を作ってるのかわかりません。

身の丈にあった贅沢、趣味活動、自己投資には、お金を使い、人生を楽しみましょう。

ですが、お金を増やしたければ、一万円を必死に稼いだあの頃の気持ちを忘れないようにしましょう。自分の価値観に沿った、自分にとって価値のあるものには使う。見栄のために金銭感覚を壊してしまってはいけません。

 

③自身のライフスタイル・ライフステージとの折り合い

→人生には、「今しかできないこと」があります。

仕事や勉強のやりどきな時期、友人と遊びたい時に遊べる時期、家族との時間。

人はいつ死ぬかわかりません。

墓場にお金は持っていけません。

自分が生きているこの瞬間、大切な人が隣にいるこの瞬間はかけがえのないものです。

「今しか出来ないこと」にはお金を使いましょう。時間は戻ってきません。

ですが、「いつ死んでもいい」と思って、今日、全財産使って一文無しになり、「50年後に死んだら困る」とか言って、不安で日々を過ごすとか嫌ですよね。

30歳で死んでも、100歳で死んでも、幸せを感じられるような、お金の使い方、お金の貯め方が理想です。

「いつ死んでもいいように」、何歳で何があっても笑顔でいられるような資産形成を、無理なくやっていけるといいですね。

 

 

 

 

 

 

等身大に見せるのって難しい

「自然体でありたい」

「自分を大きく見せずに、ありのままで過ごしたい」

 

そうできたら楽だけど、そんな簡単にはできない。

というかほぼ無理なんじゃないかと思う。

自分を大きく見せる欲には勝てないことが多い。

 

弱い犬ほどよく吠えると言うけれど、

他者に搾取されないためには、威嚇は必要だ。

弱みを見せては、損することもある。

 

だけど

見栄を張ることが標準のこんな時代だからこそ、

見栄を張らないことに価値があると思う。

見栄を張りすぎて息苦しい。

疲れた。

 

なるべく等身大のアウトプットをしたいと思った。